2010年 【テーマ】愛と静寂

130(2010/1/15)

2010年はどんな年?

2010年に向けて、生きる心得をお話しください。

2010年も何かと変化の激しい年となるのでしょうか。

乗り越え方というと、ちょっとマイナスなイメージですが、状況の楽しみ方や、そうはいかなくても、起こることの捉え方のようなことを教えていただけないでしょうか。

 

唯識

昨年1月に、2009年は「愛と調和」を意識してみましょうと、宇宙からのメッセージをお伝えしました。皆さまはどんな愛を感じ、そして与え、地球環境や他者や自分との関係性で、どのようにバランスを意識して調和を実現されましたか?だいじょうぶ、忘れていた方はまだ時間はあります。マイ箸を持ち歩くなど、一つでも実践してみてください。

巷では、マヤ暦を基に『2012』というタイトルの映画が注目されています。どのような未来が待っていても、いつもと変わらず、皆さんは今日を、この瞬間を生きていますよね。そのことを心にしっかりと抱くことが心得です。それを心得としながら、次のことを意識してみてください。

 

2010年のテーマは「愛と静寂」です。

このテーマは2011年のテーマ「愛と受容」へ繋がるプレリュードです。「愛と静寂」が重要になるのは何故でしょうか。それは、心静かに日々を謳歌できる方と、心騒がしく日々が巡る方とでは、観えてくる世界観が極端に二分化してくるのが2010年だからです。

 

例えば、情報という題材で想定してみましょう。更に劣悪な経済破綻が起きたとします。情報だけに翻弄される方は、未来が漆黒で悲観的かもしれません。しかし、心が静寂な方は、焦らず冷静に一部の情報だけではなく、全体的に物事を観て、適切な選択肢を拡げ、前向きに今できることの光を見出して生きることができます。静寂な方とそうでない方とでは、このような差が、身体や精神や心に顕著に反映されてくるのが2010年です。

 

捉え方は、客観的に時代の変化として観ること。

特別なことではなく、歴史や人生、そして命は、無常の舞台でくるくると螺旋状に進化し続けてきており、そこに終焉はなく、その途中のできごとで、何か特別なことが起きるわけではない、と捉えてみてください。そして静寂であれば、洞察力、集中力、直観力が研ぎ澄まされ、思いつきや閃きが溢れてくるので、そのような楽しみ方もできます。

静寂に有効な方法は【瞑想】です!

 

 

 

131号 (2010/2/20)

相談者

2年前に、真面目で几帳面な友人を誘って、自分の夢だった生花店の経営を始め、とても繁盛しています。しかし、最近友人が、店主が私にもかかわらず、価格の設定など業務上のことから接客まで、まるで自分が店主かのように振る舞う姿や、全ての言動が癪に障ります。

正直な気持ちを言って関係が悪化し、辞めると言われるのではと考えると恐くて、ただ我慢しています。どうすれば、私の気持ちが楽になるかアドバイスください。

 

唯識

不況といわれる昨今、繁盛しているなんて素晴らしいですね。きっと、お2人の努力が実っているのでしょうし、貴女のご友人へのお気遣いも感じられます。

 

アドバイスをお求めですね。では一度、ご友人の言動や自分が店主であること、経営のことを考える思考のヘルメットを外して、横にトンと置いてください。

そして、眼を閉じて、大きく深呼吸を3回してから下記をお読みください。

 

第1に、貴方が抱いた素敵な夢、貴方が求めた信頼できるスタッフ、友人が決めた価格を受け入れることなど、相手や自分を善し悪しで評価や判断をせずに、すべて自分が決めていることに気づいてみてください。

 

第2に、ご友人に立場をわきまえた態度に変えて欲しいと思っても、ご友人自ら気づかないと、言っても一過性の修正で、貴方がおっしゃる通り、関係性に支障が生じるだけかもしれません。人のことをコントロールすることはできないのです。

 

第3に、感謝です。「価格のことまで心配してくれてありがとう」「お客様に喜んでいただいてありがとう」と、感謝を伝えてみましょう。頑張る人は、どこかで称賛や評価を期待していることが多いです。もしかして、ご友人には悪気はなく、夢を叶え繁盛している店を持つ貴方が羨ましかったり、そこに自分を投影しているのかもしれません。

 

第4に、花は愛そのものです。一瞬の美しさに命をかけて生きています。だから、人はお花を見た時「わ~可愛いね」と喜び笑顔になり、つぼみが開くと感動し、水を与える優しさなど、心の美しさを引き出してくれて、更に心を静めてくれます。お客様だけではなく、そのような花たちに、お2人で毎朝「ありがとう」の感謝を向けてみてはどうでしょう。

 

このように、貴方自身があなたの心に眼を向け、心に愛という水を与えて、育てることを意識してみてはどうでしょうか?きっと、貴方の心に大輪の愛の花が咲くでしょう。

 

 

 

132(2010/3/20)

心の仕組みについて 自分のホンネを知るには

 

皆さまこんにちは。

いつも唯識先生の生命の羅針盤をご愛読いただきありがとうございます。

今月は、心の仕組みについてお話します。

 

人は、お母さんのお腹の中にいる時、無意識の本能や欲望(ホンネ)だけで十分でした。

「お腹がすいたよ」という欲望が湧くと、へその緒から瞬時に必要な栄養が補給されます。

ところが、産まれてきてからは、泣くなど意思表示をしないと母乳がもらえず、更に、泣いている理由に母親が気づくまで待たされます。ここで「我慢する」という心(自我)が生まれます。

空腹や睡眠欲などは動物本能ですから、無意識の欲望です。本能的欲望だけでは、人との関係や社会生活は営んでいけませんから、次第に、自我はさまざまな現実に対応するために成長します。

例えば、本能は眠たいと言っても「試験前日だから勉強しなきゃ」と考えているが自我です。「好きな先生の教科は勉強も楽しいな」と感じているのも自我です。「私は~と思う、~と考える、~が好き、~は悪いこと、~ねばならない」なども全て自我なのです。

 

要するに「私が考え感じることや、認識していること=自我」です。

この自我の存在に気づかずに生活していると、感情に振り回され、思考パターンにはまり、

心の自由を失い、次第にホンネから遠ざかっていきます。

やがて、ホンネや本心が分からないまま人生の終焉を迎えるかもしれません。

「え~、よく分からない。じゃあどうすればいいの?」と自我が言ってますよね。

こうすればいいのです。

例えば「ゴミが落ちているよ」と注意され「自分で拾えばいいじゃない」と考えたら「自分で拾ってと考えているな~」と3回繰り返します。

すると、考えている自分ハードな自我を、冷静にぼんやり眺めているわたしソフトな自我との間に距離ができて、無意識に感情に振り回されたり、無駄な思考の堂々巡りをせずにすむので、とても日常生活や人間関係が楽になります。

 

では宿題です。

【わたしは自分を愛しています】

この場合の「わたし」と「自分」は、どちらがソフトな自我で、どちらがハードな自我でしょうか?

皆さまからのご相談、疑問などお待ちしています。

 

 

 

133(2010/4/17)

先月号に引き続き、心の仕組み第2編です。

今月は「心ってなあに?」

 

「心(こころ)」という言葉は、日常頻繁に使われていますが、心ってなんですか?どこにありますか?と聞かれると答えに困りませんか?

小学校の運動会で1等をとって、喜んだことを思い出しても、今はもう過ぎたこと。未来の結婚する旦那様を想像しても、まだ今は目の前には、ないですよね。田舎のおばあちゃんどうしているかな、行ったことのないニューヨークはどんな街?もし火星に火星人が住んでいたら、など、心は過去から未来まで、遠く離れた人に思いを馳せることもできるし、知らない街を想像で探索したり、空想の世界を楽しむこともできるのです。

いつでもどこへでも想像の力で行くことができ、現実可能な想像からありえない空想まで、無限の広がりを持っています。今、この瞬間にない非現実なことをイメージするのが心で、それは脳にあります。

 

反対に、現実的世界とは、五感で体感できる限られた今という瞬間の世界です。

どんなに想像を巡らせても、身体が伴うのは、今という瞬間だけなので、例えば、未来の旦那様は現実ではないけど、今の少し太りすぎた体型というのは現実です。

心の想像能力には限界がないので、太り気味の体型から、スマートな自分をイメージすることで、現実の身体を超えて、どのように、様々なことを現実にしていこうかと創意工夫し、イメージを現実にしてゆけるのです。

 

このように、我々はほとんどの時間を、心というイメージの非現実の世界を、膨らませたり縮めたりして過ごしています。

そして、この心=イメージがあるからこそ、生きることを楽しめるのです。

だったら、この心を使わない手はありません。

素敵な自分になることに限界はないのですから、常に楽しいイメージを抱いて。

心は誰からも支配されないのだから、自分の心を自由に操って、思い通りの楽しい人生を創造してみましょう。読者の皆さまからの、ご質問ご相談お待ちしております。

 

 

 

134(2010/5/22)

自分を苦しめる「自我」への対処方法

 

前回までの復習です。心理学的に心とは『私は○○と考える・○○と感じた』などの思考や感情のことで、それが【自我】です。ということを、お話しました。

自我は、自由に様々な想像力であなたを楽しませ、また、未来を創り上げていきます。

しかし、時には、自我の勝手な妄想や思い込みで、あなたを苦しませ、悩ませ、混乱させ、辱めることもあります。

 

例えば、下品なギャグをするお笑い芸人と聞くと、低俗で愚かしい人という印象を持つかもしれませんが、実は、世界が認める一流の芸術家で、映画監督と耳にした瞬間、愚かしいイメージは払拭され、品のないギャグも人を笑わせる、サービス精神豊かな天才と映ります。

 

反対に、尊敬していた人が、下着泥棒で捕まったと聞いた途端、軽蔑し、嫌いになるでしょう。このように、私たちは、ものごとの本質や真実、自分の本心を見極めることができません。

頭の中の想像や思い込みで、現実を歪めて見ます。自分で歪めてしまったことに対して、嫉妬や執着、劣等感で落ち込んだりと、自作自演で自分の人生を苦しめています。

パナソニックを一代で築き上げた、日本屈指の経営者、松下幸之助氏は「人間は行き詰まるということは絶対にない。行き詰まるというのは、自分が『行き詰まった』と思っているだけである」という名言があります。

 

では、その無意識の自我に気づいたら、どのように対処すればいいのでしょうか?

とても簡単な方法があります。それは、物事を相対的に全体的に観ることです。

どんなことでも、全体の一部、可能性の部分と観るのです。

そうすれば、事実を歪めたまま、決めつけてしまうということは減っていきます。

そして更に、絶え間なく連想ゲームをする自我(考え)を、時には休止することです。

それには、瞑想という方法で、身体を使うことが有効です。

 

瞑想は、脳の帯状回の血流を良くし、私たちの動物脳と人間脳のバランスを取ることが分かってきました。感情的ではない、静かな心になるということです。

眼を閉じて、静かに繰り返される呼吸を、3回感じてみてください。

す~っと気持ちが楽になりますね。

 

 

 

135号(2010/6/19)

心と脳の関係~刺激を受けた脳を休めるには~

 

心理学的に、心とは『私は○○と考える。○○と感じた』など思考や感情のことで、それが【自我】でしたね。では、それはどこにあるのでしょう。あなたは身体のどこで考えていますか?

そうです頭、即ち脳です。

脳は朝起きて夜寝るまで絶え間なく考え続けています。連想ゲームのように次から次へと1日に約65,000回考えているそうです。脳を休めることなく考え続けていたら、いつか脳はストレスを抱えるようになります。だからリラックスすることが大事だといわれるわけです。

では、皆さんは脳を休止する方法を御存知ですか?それは、メディテーション(瞑想)です。

 

私が共同研究を取り組もうとしている都立駒込病院脳神経外科医長篠浦伸禎医師は、瞑想の有効性を次のように述べています。

「瞑想により改善する症状は、不安感、依存症などの、動物脳が過剰に働いていることからくる症状です。その動物脳をコントロールしているのが帯状回です。

帯状回は刺激がないときは活動しているのですが、刺激がはいると抑制されるという性質があります。瞑想は刺激を意識的に遮断する唯一の方法です。

瞑想により帯状回が活性化され、大きくなっていくことが最近わかってきました。

そうなると自然に動物脳をコントロールできるわけです」

 

動物は弱肉強食で生きています。食うか食われるかの世界です。動物脳は自分より弱い人に対してはキレたり怒ったり攻撃的になり、反対に相手が強いと恐怖を感じ逃避しようとする、この状況が長く続くと鬱のようになってくるわけです。

でも、現代社会で生きていればこのようなことばかりです。この動物脳をコントロールするには帯状回を活性化すること。活性化するには刺激を遮断すること。

 

刺激を遮断する唯一の方法が瞑想なのです。身体的変化では鬱病の薬が必要なくなった、アルコール依存がいつの間にかなくなった、自律神経が安定してきたなど沢山の体験談をお聞きします。面白いのが『集中力や直観力が増した』『ラッキーなことを引き寄せるようになった』『なんだか毎日が楽に生きられるようになった』などです。

 

これらの体験から瞑想は、心・身体・精神において有効のようです。一度身につければ、いつでもどこでも費用もかからず簡単にできる瞑想。皆さんも是非一度体験してみましょう。

 

 

137(2010/8/21)

マイタウンとうと読者の皆様、前回は『私は○○と考える・○○と感じた』などの思考や感情を

【自我】ですというお話をしました。さて、今月は応用編です。

 

<テーマ>上司の指摘をどうとらえるか。

 

御相談者:42歳男性中間管理職

上司に部下の前で指導力の弱さを指摘されましたが、部下との信頼関係の基、業績でいい結果を出しています。『高見の見物のお前になにが分かるんだ!口出しするな!』と上司の顔を見る度に腹が立ち虚しくなります。一体上司は何を考えているのか、私の立場や業務の現状を認識させるにはどうすればいいでしょうか?

  

唯識

今回のご相談は、短期的対症療法と長期的原因療法で観ていきます。

まず、短期的対症療法として、自我観察です。貴方は成果を認められないと感情がマイナスへ揺れますね。しかし、その憤りや虚しさの感情が自分の足を引っ張るのです。

それは、貴方の自我です。『高見の見物をしていると判断しているのは誰?貴方ですね』『上司は何も分かっていないと解釈しているのは誰?貴方ですね』『上司は何を考えているのか多分現状を認識していないと勝手な想像をしているのは誰?貴方ですね』ここで重要なのは、自我による判断、理解、解釈、善悪、想像、妄想がいけないのではなく、無数の可能性から自我(思考や感情)がそれを選択している、と観察することが重要なのです。

 

部下と同様に貴方ご自身が上司との信頼関係を構築しましょう。

上司への信頼が貴方にあれば、『もしかして上司は私を認めた上で指導力を強化させようと考えているかもしれない。また、部下の前で言った言葉は、他の部下に対しても気を引き締める意図があったかもしれない』という選択肢が生まれます。

上司を変えるのではなく、貴方が上司を信頼できるか、即ち自分が変わるということです。

 

その上できちんと上司に考え方を確認し、部下の前ではなく二人の時に注意してくださいと、遠慮なくはっきりと話し合いをすることです。貴方の考え方が間違っていたり悪いのではなく、自我という存在に気づき観察できれば、感情に左右されることなく、更に貴方らしく業務を遂行できるのです。皆さんも人の言動に揺さぶられていませんか?それは、自分の自我の弱さ故、ドスンとゆさぶられても微動だにしない強い自我を、強い心を育てていきましょう。

 

それは、誰のために?そうです。自分のために!

 

来月は、長期的原因療法で【志】という点から自我を観察していきましょう。

 

 

 

138(2010/9/18)

マイタウンとうと読者の皆様こんにちは。

前回「上司からの指摘をどうとらえるか」というご相談で、短期的対処療法として【自我観察】することで、全容を俯瞰してから冷静に対処する具体的な対応方法についてアドバイス致しました。

今回は続きです。

長期的原因療法として【志】を持つ、という観点から改善策を観て行きます。

 

御相談者:42歳男性中間管理職

上司に部下の前で指導力の弱さを指摘されました。が、部下との信頼関係の基、業績でいい結果を出しています。『高見の見物のお前に何が分かるんだ!口出しするな!』と、上司の顔を見る度に腹が立ち虚しくなります。一体上司は何を考えているのか、私の立場や業務の現状を認識させるにはどうすればいいでしょうか?

 

唯識

「志」とは、心に決めた目標・目的、信念、志操です。

実業家松下幸之助氏は『志を立てるのに老いも若きもない。志あるところに、老いも若きも道は必ず開ける。』といいました。

小学校6年生の鈴木一朗君は、作文で次のように書きました。

『僕の夢は一流のプロ野球選手になることです。365日中360日は練習をします。友達と遊ぶ時間は一週間に56時間です。入団契約金は1億円が目標です。選手になったらお世話になった人に招待券を配ります(簡略)』。大リーガーイチローの子どもの頃の作文です。

ねばならないではなく『~したい!』で、その志は開花し、前進させる原動力や忍耐力となります。

 

反対に「志」がなく仕事をした場合、責任や義務を果たすための仕事となるケースもあります。

「志」は、今のあなたより先にあります。「志」への道のりは長いもの。

だから焦らず長期戦で、じっくり自分の心を育てながら、一歩一歩前進しましょう。

「志」は必ずしも長期で壮大なものでなくていいのです。

短期の志を積み重ねていくことも楽しいですね。

 

更に、私心の志か、公へ向いた志かでも違ってきます。

私財のために志を持つときは動物脳が主に働き、公のためにお金や時間を使うことは、人間脳を働かせることになるそうです。ご存知のように、我々は動物脳より人間脳の方が高度に発達してきました。即ち、「志」が自分のためだけではなく、公のためである方が脳も若々しくあるかもしれません。あなたはどんな「志」をお持ちですか?

その「志」が上司に何と言われようとも悩まない柔軟な自我を育てます。

 

瞑想について情報提供を協力した『脳にいい5つの習慣』(篠浦伸禎医師著)が、マキノ出版より発売されました。瞑想が脳科学的に説明されています。ご一読ください。

 

 

 

139(2010/10/16)

自我観察は、植物の成長過程に必要なことと同様に、心に必要なことを知ること。

 

いつもご愛読ありがとうございます。

3月から自我(感情や思考)観察について述べてきました。自我観察で解決するのかしら?と何度となく思われたでしょう。繰返し同じことや人間関係で悩む方は少なくありません。

なぜなら解決策のみ模索するのは、急場をしのぐ対処療法だからです。根治するには、自我(感情や思考)観察が重要です。植物を育てる上で欠かせないことと、自分の心を育てることに何が必要か比較して考えてみましょう。

 

始めに、土を耕しますね。

栄養豊かな土壌がないと、どれ程水や光が注がれても元気なお野菜は育ちません。

心を平らに耕すことが自我観察です。心が豊かに耕されていなければ、感情によって、事象に対し拡大解釈、誤解や妄想、思い込みなどにより本質を見抜けなくなるからです。

 

2に種を蒔きます。

種はあなたの素質や特性、個性を意味します。

どんなことでストレスを抱えやすいか、行動の動機はいつも何かなど、自分を知っておくことが必要です。

 

3は水を注ぎます。

芽がでます。茎がどんどん伸び始めます。生きる智慧であり人間学です。

例えば、因果の法則=自分で選択した結果である。人は無意識に物事を相対的に捉え、二次元的な善悪だけの狭義な選択幅を基準に判断するのではなく、中庸という選択肢も加える。足るを知って感謝する。生きる智慧があれば心が枯れることはありません。

 

4は太陽と月です。

志を掲げ愛を抱くことです。ここでいう志は、個の夢とは少し違います。

「私の夢」という「私」よりは<家族<身内、更に、「公」である地域よりは<国<世界<地球<宇宙へと拡大するほどに、太陽は降り注ぎます。

植物を育てる成長過程のように、「人の心も育てる」ということに「気づく」ことが重要なのです。

 

 

 

140(2010/11/20)

Q.男性28歳介護福祉士
『人生の最期を気持ちよく生きていただきたい』という志で介護職に就きましたが、現在は介護士不足、低賃金という劣悪な環境です。先日、利用者の方が洗面所で倒れ、手が足りなかったので、休憩中の先輩に救援を申し出たら「俺休憩中」と言われたのです。

殴って施設を辞めてやるという気持ちと、先輩も同様に疲れていることの思いやりが足りない自分を責める気持ちの狭間で悩んでいます。どうすればいいですか。

 

A.唯識
「人生の最期を気持ちよく生きていただきたい」。自分を深めてこそ現れる思いです。
それを志にしたことは素晴らしいですね。

今回はその志が曇るほど、感情という自我があなたを支配してしまったのですね。

 

自我の観察をしてみてください。
「今、怒りが自分の内にある」「不満が存在している」と感情だけを観ます。
怒りの対象者や事象を非難したり、そうなった原因の分析はしません。
休憩中の先輩への思いやりが不足していた自分が悪いなと判断せず、ただ感情を観ます。

すると怒りが静まります。もし静まらないなら、その感情が自分や対象に対して原因探しや、

自己分析、善悪の判断など妄想の世界に意識が向いているからです。

 

冷静になったら、自分が選択した結果だという【因果の法則】を思い出してください。

その職業を選び、その職場に履歴書を持って「雇用してください」と願ったのは、施設側ではなく貴方自身です。貴方が悪いというのではなく、単純に自分で選んだ結果だということを俯瞰しましょう。

 

そして、施設や先輩が変わることを期待せず、【自分が変わる】ことを意識してください。

自分の感情や自分の正当性ばかり考えていると不安になり、気持ちが重くなりませんか?

でも、利用者の方々のことを思ってみてください。貴方の内にある思いやりが『僕がしないと誰がする』という使命感が、愛が溢れてきませんか?困難な状況に立たされたとき、「今、愛ならどうする?」と、自分の感情を優先するのか、利用者の許へ駆け寄るのか、自分に問いかけてください。その志の過程には、施設の状況や援助を拒んだ時の先輩は不要です。一分単位の瞬間瞬間の目標達成の積み重ねです。仕事中は常に利用者のことだけを考える。お一人お一人が最期のときを楽に気持ち良く過ごせますように、今この一瞬に自分にできることは何かだけを考える自分になります。

 

そして、「人生の最期を気持ちよく生きていただきたい」を周囲に言い続けることで、その旗を掲げることで同志が集います。

 

着地点をいつも意識し、その行動がどこに繋がっているのかを確認し、今日の自分を実践していきます。

 

同じ志で人生を貫いたマザー・テレサの言葉です。
【死の瞬間、神と対面するとき、私たちは愛について審判を受けるのです。何を成し遂げたかではなく、自分の行いにどれくらいの愛をそそぎ込んだかが重要なのです】。

 

 

 

141(2010/12/18)

とうとファンの皆さま今年はどんな一年でしたか?

2010年は「愛と静寂」というテーマでしたね。

「心=思考や感情=自我」を観察し、心穏やかな一年を過ごせましたか?

とうとの連載を通じて、自我観察の体験談をご紹介します。

 

38歳男性

これまで職場で自己啓発セミナーなど受けたが、いつもその時だけ良くて、時間が経つと元のイライラ怒りっぽい自分に戻っていました。喫茶店でふと目に止まったマイタウンとうとの【自我観察】の記事を読んで、目から鱗でした。

それまでは、上司や部下、妻や狭い道ですれ違う車など些細なことで腹を立て、大きな声を出したり、物に当たり、頭で解っているつもりなのにムカムカが治まらない自分でした。

早速シンプルに自分の感情を観る、ということを始めたら、自分を冷静に観ている自分にふと気づき、『俺は今ままで感情の岩の中に埋もれていたんだ』と闇から抜け出したような、上手く言えませんが、体験したことのない開放感があります。

以来、心静かで穏やかな日々が続いています。勿論、仕事や家庭で色んなことがあり、一瞬怒ることはあっても、元に戻ったり、それを引きずる以前のようなことはありません。

周囲も俺が最近変わったと言います。日々が楽になりました。ありがとうございました。

 

唯識

ご感想ありがとうございます。

人は何故怒りや攻撃を抱くのでしょうか?

誰もが自分のことを認めて理解して欲しい、という自己重要感を満たすことに無意識で必死です。自分がハリネズミだと思ってください。<指摘>や<無視><否定>されると、敵から身を守るハリネズミが身体中の針を広げると同様に、自分の心が傷つかないように怒りや攻撃という感情の針で自己防衛しようとするのです。

何もしないで、じっとハリネズミを観ていれば、針は静かに萎みます。

自我を観察するということは、判断や分析など刺激を与えないということです。

そうすれば、怒りや攻撃の感情は静寂になります。

感情が冷静になった時に、解決のための直感や策は次々に生まれ、更に進むと、あるがままの自己を受容できる。即ち、自分を愛することができるようになります。皆さまも、マイタウンとうとバックナンバーをもう一度お読みになり、自我観察してみてくださいね。

 

そして、自我を静めるもう一つの有効手段が【瞑想】です。

年越しで煩悩を除く除夜の鐘を鳴らしますね。24時の前後10分、瞑想で煩悩(自我)を静め、ゆく年くる年を過ごすこともお薦めです。

 

マイタウンとうと読者の皆さま、スタッフの皆さま、今年一年ありがとうございました。

来年も<気づき>につながる幸せの羅針盤をお送りいたします。 唯識

 

 

 

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